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南洋踊りは、日本が戦前にの南洋諸島を統治していた大正末から昭和の初めにかけて、仕事で南洋諸島に出かけていた、ジョサイヤ・ゴンザレスさんらによって小笠原村に伝えられた踊りが、島の人たちによって現在まで受け継がれているものです。小笠原における南洋文化伝播を知ることができる貴重な踊りとして、平成12年3月に東京都指定無形民俗文化財に指定されています。 |
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タコノ葉細工は、小笠原村の木に指定されているタコノキの葉を用いて製作する小笠原独特の編物細工です。小笠原の先住民であるハワイ人が島にもたらしたものを永島辰次郎が工夫と改良をし民芸品に仕上げ、戦前は島の重要物産のひとつに数えられるほどに発達しました。第二次大戦における強制疎開により、その伝統は一時途絶えますが、返還後帰島した人々によりその技法が再び確立され、島の伝統工芸品として現在も親しまれています。 |
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1876(明治9)年より、内地から開拓者が定住するようになってきた。その開拓者は、八丈島を主とする伊豆諸島の出身者が多く、小笠原太鼓、ショメ節をはじめとする民謡などその流れを汲んでいます。また、南洋諸島から南洋踊りの歌としても伝来し来て現在も歌われています。こうした島の民謡などは、1987(昭和62)年に東京都指定無形文化財に指定されました。 |
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10年前から新しい文化が生まれてきています。1997(平成9)年には、フラサークル「ナア・プア・ナニ・オ・マクア」が父島に、2000(平成12)年に「ナア・マカナ・オ・マクアネヒ」が母島に誕生し、島の歌を中心に踊り活動しています。
また、1998(平成10)年には、小笠原の民謡などと笛、太鼓、鉦を組み合わせたボニン囃子が、2003(平成15年)には、スティール・パンを演奏する「ボニン・スティール・オーケストラ」が父島に誕生し、島民の間に広く親しまれています。 |
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小笠原(父島・母島)の代表的なものとしては、カメ料理、島寿司があります。カメ料理は、主に刺身・煮込みで食されます。また、島寿司は、サワラ(カマスサワラ)をヅケにしてワサビではなくカラシを使い握った寿司で、明治期に小笠原に伝わったといわれています。そのほかにもいろいろアレンジされた地域独特の料理があります。 |