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岩本洋 さん

【プロフィール】
いわもと ひろし
【出身地】 長崎県
【小笠原来島歴】 2006年9月 1回
1970年3月 日本体育大学を卒業後、東京の私立松蔭高等学校に教諭として赴任以降、バレーボール部監督として全国大会に出場(10回)するとともに、江上由美選手(現姓・丸山)はじめ多くの国際選手を育てる。
1986年4月 (株)日立製作所に入社。女子バレーボール監督として日本リーグ(現在のプレミアリーグ)で優勝を重ねる他、全日本女子チーム監督として国際大会で指揮を執る。
1989年6月 小田急電鉄(株)に入社。小田急女子バレーボールクラブ監督に就任し、一年で実業団リーグ(現在のチャレンジリーグ)から日本リーグ(現在のプレミアリーグ)に昇格させる。
1996年7月アトランタオリンピックに全日本女子ビーチバレー監督として出場する(高橋・藤田ペア5位入賞)。
1999年3月 小田急女子バレーボールクラブ休部に伴い、広報部スポーツアドバイザーに就任。小田急沿線エリアを中心に、家庭婦人及び身障者を対象にバレーボール指導に当たり、健康増進を通じた社会貢献に邁進している。
【小笠原へ来島した時の思い出・お祝いメッセージ】
 
 小笠原諸島返還40周年記念、誠におめでとうございます。
  多くの先人の方々のご苦労と現島民の皆さまのご努力に対し、心からお祝いを申し上げます。
  私は、平成18年度島しょ地区クラブ育成事業(小笠原ソフトバレーボール交流会)の講師として、平成18年9月28日〜10月3日まで東京都スポーツ文化事業団の方々と一緒に、初めて小笠原諸島の父島を訪れました。事業団の方から、事前に「船で25時間!」と聞いた時はビックリし不安になりましたが、当日は好天に恵まれ快適な船旅を送る事ができました。そして、「おがさわら丸」が二見港に着いた時、多くの島民の方々に出迎えをいただき感激したことを今でも思い出します。
  小中学生のバレーボール教室には30名、初開催のソフトバレーボール交流大会には76名もの島民の方々が参加してくださり、大いに盛り上がりました。特に、ソフトバレーボール交流大会には、小笠原中学校の生徒さんや母島からのメンバーも加わり、楽しく交流を深めることができ、大成功に終わりました。バレーボールのレベルも大変高く、島民の方々の明るさと真剣に一生懸命取り組む姿に、ソフトバレーボールが小笠原諸島に広まることを確信したことは最高の喜びとなりました。
  また、ヒロベソカタマイマイが沢山残る南島の扇池での海水浴、ドルフィンスイム、三日月山展望台で初めて見た「イルカ座」と無数の流れ星等、まさに感動の連続でした。小笠原諸島が世界自然遺産候補地に選ばれた訳が良くわかりました。25時間かけてでも訪れる価値のある所だと心から思います。
  最後の晩に、船客待合所で行われた森下村長はじめ島民の方々との交流会も大変楽しいものでした。初めて見る「南洋踊り」や「フラダンス」、そのメンバーの中に一緒にソフトバレーボールをやった中学生や島民の方がいて、島の伝統文化の継承が行われていることを知り凄く嬉しかったです。
  そして、最大のサプライズは「おがさわら丸」が「小笠原太鼓」の力強い響きに送られて、東京へ向けて二見港の桟橋を静かに離れてから起こりました。なんと10数隻の小型船に分乗した島民の方が「おがさわら丸」に並走し、大声で「また来いよ?!」と叫びながら30分以上も見送って下さいました。そして、最後に大海原へ飛び込んで海中から手を振って下さった時には、感激して涙が止まらなかったことを思い出します。海外も含めて数多くの見送りを受けましたが、これほど感動したことはありません。本当に有り難うございました。
  私は、これからも、バレーボールを通して少しでも小笠原諸島の皆さまのお役に立てるように頑張りたいと思います。今後とも、宜しくお願いいたします。
岩本洋
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