1996年5月の始め、突然小笠原から電話がかかってきた。編集者でプロデューサーでもある森永博志からだった。興奮していた。この自然の美しさは只者ではないよ!何とか記録に残したい、とのことであった。小笠原に関しては友人が小笠原に渡り写真集を作った。その巻頭に頼まれて拙文を書いた記憶もあり、又写真集からは自然の美しさばかりでなく、どこかエキゾチックな風情があった。一度は訪ねてみたい島であった。森永君には「いいね、やりたいね!」と即答してしまった。あらためて歴史や日本との関りなどを調べたが、どの切り口から入ったら良いのか迷った。とにかく、この目で現地を見るのが一番と考えたが、どの様な媒体を使うかも迷った。結局、最も人手の入っていない島を撮るのだから、これも原点に戻って16m/m のアリフレックスのシンプルな機材を使って映画を撮ろうと決めた。
1996年7月からロケハンに入った。海の青さが表現出来ない程青く澄んでいた。欲張らずこの空気感と、この島に起きる自然現象、海、山、森、を中心とした自然の息吹を捉えたいと思った。朝焼けの黄金の海に島は色を変えながら、たゆとうていたし、嵐にみまわれると一挙に島の木々がどす黒い雲の中に吸い込まれてしまうのではないかと不安になった、冬のザトウクジラの季節は荒い海とのたたかいだった。マッコウクジラを正面に見据えた時は足がふるえた。小笠原は僕に今迄にない新しい感動をあたえてくれた。但しこれが外から来て、良いとこどりをして帰る人間の感動であってはならないと、2年余りの時を撮影に通ううちに気がついた。
自然環境の保護とそこに生活する人間との共存程難しいものはない。人間が全てを自然と共に歩いていくのは、現在では、不可能なことかも知れない、しかしこの素晴らしい自然を体感出来る感動は持続させなければならない。
世界中の文明の発展が自然の危機を生んでいる、小笠原は小さな小さな島だけど、この小さな"一点"を大事にすることが次の課題に取り組める様になるのだと確信している。10年ぶりに自作の映画を観た。
小笠原は美しい! |
| 関口照生 |
|